「生々しい現実」にどう向き合っていくか?
理想の社会は、「理想」であって現実社会は、「生々しい」
人には親切にしましょう
嘘はついてはいけません
みんな仲良くしましょう
子供の頃、学校や親からよく言われた言葉ではないでしょうか。
しかし、社会に出てみると学校で教えてくれたことは、守られていないのが現実です。
親切ではない人
嘘に限りなく近い誇張
上辺だけ仲の良い人間関係
一部の人は、成長の過程で「世の中の生生しさ」に気づき、「処世術」を身に着けていきますが、真面目な人ほど教わったことを信じ、いざ社会に出たときに大きなショックを受ける人を何人か見てきました。
現実の世の中は、人間の欲で形成された「生々しい感情のやり取りの場」だと、私は思います。
基本、人は自分が一番大事
何事もない平時の時は、人は自分を取り繕うことができます。しかし、非常時になった時その人の本性が出てきます。
だいたいの人が、自分が一番大事です。
自分を守るために、出し抜いたり、裏切ったりを平気でします。
そんな人間の生々しさを感じるのが、Twitter。
現実ではなかなか口に出せないことが、どんどん投稿されていて人の業を垣間見れる格好の場所です。
自分の見たいもの、きれいなものしか見えない「今」
そんな人間の生々しさを遠ざけ、きれいなものしか見えないようになっているように感じます。
検索をすれば、自分の検索志向に近いものが表示され
気に入らない人がいれば、SNSでブロックができる
見せたいもの、見たいものを取捨選択できるようになったのは良いことですが、現実の社会はキレイ事ばかりでできていません。「キレイじゃないもの」への耐性もつけておかないと、いざ社会に出たときに潰れてしまいます。
世の中は「キレイ」も「キタナイ」もゴチャ混ぜである
だいたいの人は、世の中は「キレイ」も「キタナイ」もゴチャ混ぜであることには気づいていると思いますが、私は世の中の「キレイ」な部分を信じて生きていました。
しかし、30歳手前で信頼している人に裏切られて改めて、「キレイ」なことを信じても報われない時は報われないのだなと思いました。
「他人に期待をせず、信頼する」
相手に期待をして、生活するのではなく、自分自身の関わり方で物事を良くしていくように考え、相手は疑うことなく信頼する
他人は変えられないけど、自分は変えられると考え生きていくほうが気持ちが楽に生きていけると思います。
それでは今日はこのへんで。
ではでは。